増田セバスチャンが結婚しない理由が衝撃だった!生い立ちについても

増田セバスチャンが結婚しない理由が衝撃だった!生い立ちについても
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日本の天才アートディレクターといわれている増田セバスチャンさん。

原宿の「6%DOKIDOKI」ショップのプロデューサーも手がけていらっしゃいます。

現在、53歳の増田セバスチャンですが独身であり、結婚しないのには理由がありました。

それは生い立ちに原因が?

今回は、増田セバスチャンの結婚しない理由と生い立ちについてみていきたいと思います。

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目次

増田セバスチャンが結婚しない理由が衝撃だった!

増田セバスチャンは結婚していません

年齢は53歳ですので、ご結婚しているかと思いきや独身です。

増田セバスチャンさんが結婚しないのには理由があるといいます。

それは、「生い立ち」にあるようなのです。

増田セバスチャンさんは、幼少期からの家庭環境があまり良くなく、生い立ちが壮絶だったといわれています。

結婚しない理由として、

「もし結婚して子供ができたら、自分の子供にも同じようにふるまってしまうかもという恐怖があるからだ」

と語っており衝撃的です。

増田セバスチャンは、自分の親のように自身の子供にも同じように振る舞ってしまうのが怖いといいます。

いったい増田セバスチャンはどんな生い立ちだったのでしょうか。

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増田セバスチャンの生い立ちについて

増田セバスチャンの生い立ちについてみていきたいと思います。

幼少期〜高校時代

増田セバスチャンは1970年8月7日に千葉県松戸市に生まれます。

しかし、増田セバスチャンの父親は家庭内暴力、母親は新興宗教にのめり込み、料理も一切せず育児放棄をしていたといいます。

そのためか、増田セバスチャンは耳が難聴でしたが、4歳まで治療もしていなかったそうです。

両親が難聴であることに気付かなかったのかもしれません。

現在においてもその影響から高い音が聞こえにくいといいます。

小学生にあがってからはごく普通の生活を送っていましたが、耳が聞こえにくいことで友人など周りの人たちとうまく接することが出来ずにいました。

難聴が回復してからも人との付き合いがうまく出来ず、学校にも馴染めずにいたのです。

そんな小学生時代を過ごしてきた増田セバスチャン。

また兄弟は妹が1人いましたが、その妹さんも精神が不安定でリストカットを繰り返していたといいます。

このように、父親の家庭内暴力母親の育児放棄といい両親に愛されていたという思い出がないのかも知れません。

自分が親になって子供に対して育児放棄をしてしまわないか、愛情を込めて育てられるのか・・・

そのような思いが、前述の結婚しない理由と重なっているのだと思います。

これら壮絶な生い立ちについては、ご自身の著書「家系図カッター」に書かれています。

家系図カッター

高校に入り、いわゆるやんちゃなグループに所属していたようですが、将来のことは真剣に考えていたようで卒業後は大阪の英語の専門学校へ行くことを決意。

ただ、願書を出す段階で不備があり、やりとりをしている間に願書は提出できず、フリーターの道へと進みます。

フリーター時代〜

大阪に出てからは、フリーターとして働いていましたが、環境の違いで引きこもりに。

アルバイトもクビになりお金もなくなり、図書館で過ごす日が増えてきたといいます。

そんな時に一冊の本に出会ったのです。

寺山修司著『書を捨てよ、町へ出よう』

この本を読んでから、

とにかくこうしている場合じゃない、行動を起こさないと自分は何も変わらない

と帰京。

演劇の世界に飛び込みました。

思い切って、意を決して東京に帰り、演劇の世界に入ったことが人生の転機になったといいます。

それだけ、寺山修司氏の物の考え方や言動に大きく影響を受けたのでした。

この寺山修司さんの本に出会ったことで、今の増田セバスチャンの活躍があったからといっても過言ではありません。

人生の転機となった一冊の本との出会いでした。

東京に戻った1990年以降は、演劇や現代美術など多くの分野に携わっています。

1993年には自身主催のパフォーマンスユニット「mama」を結成、カワイイと狂気が同居する舞台を公演。

後に主催舞台「ヴィジュアルショー」の原型となりました。

1995年には、原宿に「6%DOKIDOKI」をオープン

6%DOKIDOKI

なぜ、これまで舞台を中心に活動してきたのにショップへ転向したのか?

それについては、以下のようにトークイベントで語っていました。

身内感があり開催期間が短い舞台や展覧会と違い、まったくの他人が自分の作品(商品)に対して買うor買わないというダイレクトな評価をしてくれる継続的な場所だから、ショップという表現媒体に活動を移した

引用元:https://www.hmv.co.jp/

ショップだと、自分の作品や商品に対して買う、買わないがダイレクトに分かるからなのですね。

2011年にはきゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」のPVの美術で世界で注目を浴び、ショップ「6%DOKIDOKI」の常連だったきゃりーのデビュー時からライブの演出・美術のデザイン担当に。

こうして、つらい生い立ちを乗り越え、現在は日本の天才アートディレクターといわれるまでになったのです。

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増田セバスチャンプロフィール

名 前:増田セバスチャン
本 名:増田ひろし
生年月日:1970年8月7日(53歳)*2023年10月現在
出身地:千葉県
職 業:アートディレクター・アーティスト・ファッションブランド「6%DOKIDOKI」プロデューサー
出身中学:松戸市立第一中学校
出身高校:松戸市立松戸高校
家族構成:両親、妹

さいごに

増田セバスチャンが結婚しない理由や生い立ちについてみてきました。

結婚しない理由は、やはり生い立ちにあり母親の育児放棄などを自身も子供に対してしてしまうのではないか?という恐怖からのようです。

また、一冊の本がきかっけで天才アートディレクターとまでいわれるほどになった増田セバスチャンさん。

これからの活躍にも注目が集まりそうです。

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