久野綾希子 コラム

日本で初めてエビータ役を演じた女優
久野綾希子さんインタビュー
2018.05.15

「エヴァを演じたことで、一生役者を続ける覚悟ができました」
82年初演の日本版『エビータ』のエヴァ・ペロンを演じ、一世を風靡した久野綾希子さん。作品について、またエビータ役への特別な想いを聞きました。

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──久野さんにとって、エビータとはどんな存在ですか。

特別な役でした。実は、『コーラスライン』の地方公演の前に、
この旅が終わったら辞めようと辞表を書いていたんです。
ところが越路吹雪さんや金森馨さんらが亡くなって、うやむやになってしまった。

そんな時期に、『エビータ』を観てきなさいと言われて、NYに行きました。私が観たのは、
パティ・ルポンが演じていたブロードウェイ初演版。もう衝撃でした。
変化に富んだ色とりどりの音楽に乗せて、太く短く駆け抜けたエヴァの一生が描かれます。
それも美しい女性としてではなく、大勢の敵がいながらも意思を突き通す、
強烈な自我の持ち主として。この作品なら是非やってみたい!と、
辞意が吹っ飛んでしまいました。

その後、実際にエヴァを演じることになるわけですが、
彼女の強さは一体どこから来ているのか、常に考えていました。
貧困層の出身で幼い頃から苦労して、階級社会で後ろ盾が全くない中、
ありえないくらいのエネルギーで、道を拓いたあの強さ…。


──退団後にアルゼンチンに行かれたとか。その時のエピソードを教えてください。

テレビのドキュメンタリー番組で、アルゼンチンのエヴァの生地を訪ねる機会があったんです。
ちょうどマドンナの映画が注目されていた頃だったのですが、撮影をしていると現地の人たちが
「映画はよくなかった」と訴えてくるんです。

下層階級の人々にとってエヴァは自分たちを助けてくれた恩人で、
心から聖女として崇めています。
一方、ペロンの友人という元政府官僚の方にもお会いしたのですが、彼はエヴァを散々批判しました。
私の耳元で「エヴァはディオールの服を着ていても、服の下は垢だらけだよ」と囁かれて…
今でもこんなに差別されているのかと驚きました。
アルゼンチンの人たちの話しを聞いて「これよ、これなのよ!」
というエヴァの叫び声が聞こえた気がして、
エヴァは私には想像つかないくらいの苦難の人生を歩んだのだと実感しました。

私は、エヴァ自身が受けた差別や貧しかった経験をバネに、
自分のような子供を作らないために基金を作り、お金をばらまいたと信じています。
手段を選ばず、なりふり構わなかったことから悪くも言われますが、
民衆を救いたいという純粋な気持ちは絶対にあったはず。
表では煌びやかな存在として人々に夢を与えながら、巧みに政治力を行使し、
やりたいことを貫く。めちゃくちゃ上昇志向が強くて、限界を決めず、
行けるところまで行こうとする。その想いの強さはどんな正論の人でも弾き飛ばします。

まさに現代版ジャンヌ・ダルク…今なら、大統領になれたのでは?


──錚々たる女優たちがエヴァを演じたいと切望しますが、その理由はなんだと思いますか。

ロンドンでエヴァを演じた女優さんに「『エビータ』を演った人は一流志向になる」
と言われたことがあります。確かに私もエヴァ役を生き抜いたことで、
中途半端なものでは許せなくなる感性が生まれた気がします。これだけ強い人を演じると、
どこか宿るものがあるのでしょうね。

また公演中に多少の熱が出ても問題ない、何があってもやり抜くぞ!と言う根性は、
『エビータ』で身につきました。そのくらい強くならないと、この作品はできません。

いつも作品に育てられてきましたが、『エビータ』は特に私を成長させてくれたと思います。


──バラード、ロック、アルゼンチンタンゴなどが織りなす、『エビータ』の音楽の魅力は?

ロイド=ウェバーさんらしい変化に満ちた音楽は、本当に素敵。聴いていて全く飽きません。

ロイド=ウェバーさんは私にとって神。

リリシズム的なメロディーにはキュンとさせられます。ただし、実際に曲に向かい合うと、
一曲一曲がものすごく大変。変拍子や不協和音、綺麗に流れるメロディから、
カッカッカッとつまづくようなリズムまであって。音域面では苦労しませんでしたが、
一曲が成り立つまでの稽古過程が本当に辛かったです。

私はどの曲も好きですが、『ブエノスアイレス』『ラメント』『エビータとチェのワルツ』
が印象的。様々なジャンルの曲が集まっており、『エビータ』
ができれば怖いものなしと言われるほどです。


──また機会があったらエビータを演じたいですか?

やりたいです。

少なくとも曲は声が出る限り、死ぬまで『エビータ』の曲は歌っていくつもりです。
エヴァの生地を訪れて、魂に触れた感じがしたんですね。

やり残した悔しさ、階級社会を征服しきれなかった悔しさ、
彼女の想いが私の体に入ったような。何より、エヴァを演じたことで、
一生役者を続ける覚悟ができました。

『エビータ』が私の生きる柱を作ってくれたんです。


[PROFILE]
1950年8月24日、大阪生まれ。愛知県立芸術大学在学中の1972年に劇団四季研究所に入所、卒業後入団し、『ジーザス・クライスト=スーパースター』のマリア役でデビュー。劇団四季では『ウェストサイド物語』『コーラスライン』等主演女優として活躍。1982年『エビータ』日本初演の主演で、ゴールデンアロー賞演劇賞を受賞。1983年『キャッツ』初演のグリザベラを演じ、1986年に退団するまで850ステージに出演、鮮烈な印象を残した。
近年は、『ヘンリー六世』、『出発の詩集~モスクワからの退却』、『こころ』、結城座『オールドリフレイン』、『鯨よ!私の手に乗れ』、ミュージカルでは『ボンベイドリームス』、『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』、『Endless SHOCK』など幅広いジャンルの舞台で活躍している。映画では「釣りバカ日誌6」マドンナ役などを演じ、TVなどにも多数出演している。
その他、音楽活動にも意欲的に取り組み、2012年からライブ『My Favorite Songs』を毎年開催。今年も東京・コットンクラブにて5月27日にライブを開催。8月には『ローリング・ソング』に出演予定。


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(取材・文=三浦真紀/演劇ライター)


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